2012年04月29日
2001年の流星を追え
2001年、2ndアルバム流星を追えの発売日、この日ははっきり覚えている。
すでにメンバーと住んでたアパートからは出て一人暮らしをしていた。
発売日の朝、部屋のドアを叩く音で目が覚めた。
「大変です!火事です!」
一階の大家の会社事務所でボヤ騒ぎがあった。
そんな不吉な発売日だった。
危うく丸焦げだ。
流星を追うとこだったぜ。
が、アルバムは会心の出来で、自分的には好きなアルバムだ。
もちろんツアーにもまわり、レコ発では渋谷の屋根裏でストレイテナー、マキシマムザホルモン、そして仲良くなったノーズウォーターズとライブをした。今では信じられないメンツ。
八王子で知り合ったバンドたちはみんなそれぞれの活動に進みだしEASTWOMANも自分たちの活動を模索していた。
そして自分たちの中でこれから自分たちの進む方向をずっと話し合ってた時期だった。
進みたいけどなんか違う。音楽とは違うところで考え込んでしまっていた。
これは多分俺のせいだったのかもしれない。
そしてこの頃モンゴル800が大ブレイクを果たす。
東京渋谷、当時オンエアEASTでin the cityという大きなイベントがあった。
沖縄出身のバンドが出演したこのライブではモンゴル800、IN-HI、ブリーチ、スカイメイツ、ザ☆フッカーズ、ノーズウォーター、そしてEASTWOMANも出演させてもらった。
とにかくすごいことだった。
沖縄のバンドだけでこんなイベントが出来てしまうこと、モンゴル800の大ブレイク、何よりありがたいことにEASTWOMANがそこにいたこと。
とにかくすごいことだった。
その日、IN-HIの時にゲストボーカルをしていた、沖縄出身のお笑い芸人ルンルン金城と仲良くなった。
それから何かというとつるみ出す。ルンルンは陽気な人で親切な男だ。
そのイベント後、EASTWOMANはそれまで所属していたレーベルを抜けて新たに自分たちで何かを切り開こうとしていた。
でも特に、こうしようとか、新しいレーベルから、とかいうことはなかった。
はっきりしたヴィジョンも無く、ただ闇雲にライブを続けていたように思う。
EASTWOMANはまた孤独な活動を始めていくのだった・・・
Posted by メカルジン at 23:06
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